『博士の愛した数式』や『薬指の標本』で知られる芥川賞作家である小川洋子さんの初期作品に、
『冷めない紅茶』というものがあります(中公文庫『完璧な病室』収録)。
"中学の時の同級生の通夜に参列した「わたし」は、それをきっかけに死について考えるようになる。その一方で、通夜の帰りに同級生のK君と再会し、そこから主人公と彼、彼の妻との交流が始まる。"
大まかにあらすじを説明すると、このようになります。夢現実入り混じるような筆致で話が綴られていくのですが、この作品の中で重要な役割を果たすのが、タイトルの通り「紅茶」です。
K君の家に行くと、手作りのデザートや紅茶が出てきます。また、そののちに「食べることで、時間の感覚を取り戻せるかもしれないと思った 」とあるように、これらのモチーフは、作品の通奏低音として響く「死」「冷たさ」との対比になっています。
この後も「わたし」はK君との交流を重ねていくのですが、ある日、K君が淹れてくれた紅茶が、最後の一口まで全く冷めていないことに驚きます。
「それは、燃えるように熱かった。」
なぜ、K君の淹れてくれた紅茶は冷めなかったのでしょう?
これについては明確な説明はないのですが、僕が思うに、それは「わたし」がその紅茶、K君が淹れてくれたまさしくその紅茶に、人間的な、体温を持った「こころ」を見出したからだと思います。
人間も紅茶も、根本に立ち返ってみればただの「もの」でしかありません。そうした何の変哲もない「もの」に有機的な「色」を灯すのは、まさしく人間の「こころ」なのではないでしょうか。
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