食の楽しみは味覚のみにあらず、綺麗な盛り付けや食べ物の香りもまた食事を美味しく、楽しいものにしてくれます。
実際、ある感覚が一見関連のなさそうな別の感覚、あるいは昔の記憶に働きかけてくるのはよくあることで、例えば紫色は幻想的、神秘的な印象を与えますし、これが青色になると、理知的な印象が強くなります。
記憶に対する働きかけといえば、プルーストの『失われた時を求めて』では、主人公は紅茶に浸したマドレーヌの味と香りによって、故郷の記憶を辿り始めることになります。
これらの感覚とその作用については日夜研究が進められていますが、「におい、かおり」の分野は今なお未解明の領域が多々あると言われています。
この「におい、かおり」の世界については、『調香師の手帖 香りの世界をさぐる』(中村祥二、朝日文庫)というとても興味深い本があるのですが、この中に「香」「芳」「薫」などの、さまざまな「かおり」の使い分けという面白い話があったので、それについてすこし調べてみました。
『漢字源』によると、「香」は、広く一般的に使われている通り、「ただよってくるいいにおい」とありますが、「声・色・姿・味などがよい」という意味もあるのが面白いです。女性の名前にもしばしば用いられますね。「薫」は「もやもやと立ちこめるにおい」とあり、「香」の「空気に乗って四方に伝わるにおい」よりもしっとりとした、上品なイメージでしょうか。「芳」も実は「かおり」と読めるのですが、この漢字は植物のかおりが広がる図が由来になっています。
こういった使い分けを見ているだけで、先人たちが「かおり」を表現するのにどれだけ頭をひねったかが伝わってくるようです。よく「いいにおい」とは言いますが、この「いいにおい」にも様々な使い分けがあり、それぞれ視覚的なイメージも異なってくる、というわけです。このことを頭の片隅に置いておくだけで、「芳潤」や「薫風」などといった言葉に触れた時に広がるイメージが、とても豊かになるような気がしますね。
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